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岳南地域 — 地下水の塩水化から生まれた、利用者による管理
富士山南麓の岳南地域では、高度経済成長期の地下水のくみ上げすぎで、海岸近くの井戸に海水が入り込んだ。県・市と、地下水を使う企業や利用者が協議会をつくり、くみ上げ量を測って報告し、調整する仕組みが半世紀以上続いているCase。
02Context|背景
富士山に降った雨や雪は、火山の地層にしみ込んで地下を流れ、山麓で湧水や地下水となる。富士市・富士宮市を含む岳南地域は、この豊富な地下水を背景に、工場の集積や養鱒業、生活用水を支えてきた。
2023年、静岡県の条例にもとづいて報告された両市の地下水採取量は1日あたり約87.8万m³だった。用途別では、工業が約42.5万m³、養鱒が約28.0万m³、生活用水が約14.2万m³、農業が約0.9万m³、建築物用その他が約2.2万m³である。一つの帯水層を、工場・養鱒場・家庭・農地が分け合っている。
03Tension|トレードオフ
1960年7月、吉原駅北側の井戸で塩水化の兆しが見つかった。工業化にともなう地下水のくみ上げで地下水位が下がり、海水が内陸へ入り込んだためである。1972年秋には、海岸から約4km内陸でも塩水化した地下水が確認され、被害は広い範囲に及んだ。
その影響は今も残る。2023年の県の調査では、富士市の45地点のうち5地点で、塩化物イオンの年平均が200mg/Lを超えていた。一部の深い井戸では1,000mg/Lを超えている(数値は下がりつつある)。
日本には地下水を一般的に定義する国の法律がなく、管理は自治体と地域の関係者に委ねられている。2026年8月、国土交通省と内閣官房の検討会は、条例のない地域があることなどを課題に挙げ、全国的な実態把握と法制度を含む仕組みの検討を提言した。
04Outcome|結果
対応は二つの形をとった。一つは工業用水道である。1966年に計画され、1971年に一部で給水が始まり、1974年に幹線が完成すると、1日約31.7万m³の地下水利用が工業用水に切り替わった。1977年までに、塩水化の範囲は縮小した。
もう一つは仕組みである。1967年2月、国・県・市・経済団体・地下水利用者が、官民協調の組織として岳南地域地下水利用対策協議会を設立した。その後、1978年に県の条例、2003年に富士市の条例が施行され、井戸の設置の届出と、採取量の毎年の報告が定められた。小規模な井戸にも任意の報告が求められている。富士市で大型の井戸を届け出るときは、本人・県・市・協議会の分として4部を提出する。
協議会は現在も、採取量の把握、節水と適正な採取の呼びかけ、地下水位・塩水化・湧水の監視、富士山麓でのブナの植樹を含む涵養事業を続けている。
NCの読み:岳南地域の地下水管理は、水が豊富だったからではなく、使いすぎで問題が見えたことから始まり、くみ上げる側が自ら管理に加わったことで続いている。